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京都五条坂にある陶芸家の家-河井寛次郎記念館

盆休みが終わりますね。わたしもどこか休暇へ、、出かけることはなかった夏ですが
先週末、久しぶりに京都へ行ってまいりました。
非常勤講師を務めている京都造形の前期課題の合評会に参加するための、出張です。
京都、大阪、東京の4スタジオの先生方が一堂に集まり、学生の案を通しでみる充実の丸二日間、後期に向けつらつらと、クリティックを聞きながら、わたくしにとっても勉強になる二日間でありました。

   *  *  *

さて今回の京都行き、お施主様から「とても良い」と伺い、訪ねる約束をしていたある場所を見に行くという、もうひとつの目的が。京都は五条坂近くにある「河井寛次郎記念館」。陶芸家河井寛次郎のアトリエを併設した自邸です。代々建築業を営む家に生まれた寛次郎が自ら設計したものだそう。


こちらが、とにかく、とてもすばらしかった。

この文章を読まれている方、もし、機会があればぜひ行ってみて欲しいです。
吹き抜けのある黒光りする板の間や、のびのびとした二階の座敷、2畳程度の書斎のような部屋・・・
創意工夫のある民家、ではあるのですが、なにより陶芸をつくるための家。

もともと、五条坂に昔、(といっても京で言う昔とはいつ頃なのでしょうね。)からあった登り窯を譲り受け、そこに住居を構えた寛次郎が、後年建て替えたもの。
通りからは、京都の町屋のファサードですが、母屋から中庭を抜け、緩やかに傾斜する敷地の奥に登って行くと、「アトリエ」にあたる空間が控えています。


素焼き用の窯と、本焼きの登り窯、二つの窯が家の要(かなめ)だと感じられ、
この住まいの最深部、例えるならば、神社でいう本殿にあたる部分がこの登り釜、日の光を受け大きな生き物のように佇む存在感が、この家を深いところで決定づけているようでした。

休憩のための部屋が、それぞれ 作陶のための工房とふたつの窯への動線の起点ともなっていて、作陶を日々の仕事とする暮らしが、自然な動きとなって思い浮かぶ構成、仕事の合間に一息つく姿が見えるよう。
優れた計画だなと感心しつつ、掴みかねていた、基本プランのヒントも、京都で頂いてきたようです。笑
これも面白いご縁だな~と。


自分の記録のためにも、写真を何枚か並べて置くことにします。

朝になったら月曜日がスタート。なにやら新しい感じ。
どなたも、良い一日となりますように。


e0132960_2241387.jpg母屋









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休憩スペースから中庭を見る。左手に素焼き用の釜が見えている。
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昔からの「火」の仕事、軒のある半屋外で。記録では、中庭で絵付けをすることもあったようです。e0132960_2272081.jpg







作陶の工房。けろくろが床に埋まっています。障子で明かりをとる。
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↓登り釜。あちらこちらに、神様を祭ってあるのも印象的、火の神様でしょうか。
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by o-oik | 2012-08-20 03:19 | 建築

暑中お見舞い申し上げます



ご無沙汰しています。
夏らしい毎日、暑いですけど 今日も程よく風が吹いていて
最近は、ほとんどエアコンのお世話にならずに過ごせています。

むーっと空気が止まってしまったような、息苦しい曇りの日には
無理をしないでエアコン付けるようにしていますが。

夏に設計をしていると、「通風は命だな」と、実感がありますね。
極寒の真冬にも、夏を想って開口部の検討ができるようでなくては、なりませんが。
全く、妄想力勝負な仕事です。


以下、ちょっと長いうえ、爽やかじゃない前置きです。
    
 
      *  *  *


先週、誕生日を迎えまして、36になりました。
年女です。
当日は、たまたまWHAIS(ワイズ)という女性建築家の集まりで、打合せがあり
出かけていたのですが、サプライズで花束を頂きました。
嬉しかったなあ。


35という年が、終わったわけですが
2年位前に、一時期通っていたチベット体操の教室で、「女性は7の倍数の年に変化を迎える」
ということを聞いたことがあります。
実際、この1年は、意味を持つ出会いなど、決定的な変化が多くあった一年でした。
たぶん、一生忘れないだろうな。。
もっとスゴイことがこの先あって、あっさり忘れてしまうのかもしれませんが笑
でも今はそう思っています。


      *  *  *


「暑いですね」と言葉を交わしながら、
毎日毎日がこの先もずーっと続いていくような錯覚を覚えてしまいますが
この一日も、あの一日も、1回しかない。
そういうことは、文章で読んだり、人の話を聞いたりする時にだけ、
ちょっと思い出せたような気がしていたのですが
本当にはわかっていなかった。

ということに気づく出来事がありました。


過ぎてしまえば良くある話で、健康診断での再検査がそのきっかけだったのですけど。。
もやの中に隠れて見えないけれど、ずーっと、先まで続いているはずだった道が
急に終わってしまうかも とその時は思いました。

すごく特殊な感覚で、なんでもなかったということがわかって一安心な今では
もう思い出せないくらいです。
しかし、面白いように、「わたし」にとって大事なことが見えました。


日常、おつきあいや、大事にしていたり、悩んだり、と、とらわれていることのうち、
まあ、気にしなくて良いことの多いこと。笑

実際に、行動することができないと 意味はないのですが
そして行動に移すのはけっこう難しかったりするのですけど笑

会いたい人には連絡を取ればよいし。
他に予定が入っていなくても、気が進まない誘いは断って良いし。
悪いと思ったら、あやまれば良いし。

そうだ。余命宣告とかされたら、しがかりの設計は進めようと思いました。笑
(妄想力には自信があります!笑)
なので、その時間は確保しなくちゃいけない。
仕事だから、というのもそうですけど 大事な時間だから。


もっと若い頃は、自信もないし、欲と不安で
より多くの情報を、より多くの出会いを。
と必死になっていたような気がしますが
(今だって自信満々て訳じゃないですケドね、でも
 これまでやってきたことがありますからね。)


時間も体力もエネルギーも、
無限である。そういう側面はあるけれど
リアルな身体はバテたり、疲れたら休まなくちゃならないし笑
やっぱり有限であるからして
まず自分主体で、選んで行こう。
そういう、すとんとした納得をくれた 出来事でありました。


なんて自分勝手な奴だ。そうは行かないから苦労しているんだ!


と、お叱りの声が聞こえてきそうです。ごもっともです。
ただ単純に、全員そうしたらよい。そういうことだと思います。
大丈夫なんだと思います。


さて、そうはいっても影響を受けやすい性質ですので
またあちこちフラフラしてしまいそうですが
その時にはまた、神様が目覚ましのベルを鳴らしてくださるだろう・・・笑



       *  *  *



「暑中お見舞い申し上げます」とタイトルに書いたというのに
まったく暑中お見舞いになっておりませんね。


連絡を差し上げるべき方への連絡ができておらず、
心苦しくも、毎日が過ぎていっております。
ごめんなさい。
しかし、しかるべき時期に、必ず連絡いたしますので
もう少しお待ちいただきたく お願い申し上げます。

それにしても、
どうして物事は順番に進めていかなくてはならないのでしょう笑
「自分が3人くらい居れば良いのに。」
と自分勝手なことを考えてしまう。。


と、まだ懲りていないようですが・・!
みなさまそれぞれに、夏を感じ、お過ごしになれますように。
お体大切になさってくださいね。


2012.8.1 盛暑  及川敦子





あ。
7の倍数って、数え年だったような気が・・・:
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by o-oik | 2012-08-01 13:16 | 日常